涸河・ワーディ

 日本では「泣く子と地頭には勝てない」と、人間に対していわれるのに対して、かれらは、「サイルには勝てない」と自然に対していう。サイルとは、ワーディとよばれる沙漠のなかの枯河に、一年に二、三回くらいしかふらない雨がふったときに、一時的にできる川である。これが、洪水になり、人が死んだりすることもある。こういった自然のきびしさと、なんとか折り合いをつけて生きていくことが、人間にできるせいぜいのところであると、かれらは考えている。

 そういう自然との共存意識は、人間の強さを信じて突進した二〇世紀には、かげのうすいものであった。人間は強いのだ、強くありうるのだと思うことは、わたしたち人間にとって、一種の快感ではある。がんばって突進していくための、はげましにもなる。しかし、人間の弱さへの自覚ももたれなければ、強いはずの人間が、いつのまにか滅んでしまう危険性もはらむのではないだろうか。

(『イスラームの日常世界』37—38頁より)

この記述に関連した最新の現地調査による研究成果は『サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年』(河出書房新社、2019年)6-7、20-21頁「オアシス、ワーディ・ファーティマ―環境と歴史」にあり