遊牧民のテントにもいろいろありますが、大多数は、核家族かひとり暮らしにちょうどいいような広さであることが多いのです。しかし居住空間は、のびやかな沙漠につながっています。隣近所ともつながっています。ひとり暮らしの老人なども、子どもたちの家族と自然な感じで、いっしょに食事をしたりしています。(中略)
遊牧民の「すまい」は、すべてがあけっぴろげでプライバシーがないかというと、案外そうではありません。テントは、十数メートルの綱をまわりにピンとはってたてられます。風にふれられて、ビビ゛ビ*とないたりします。(中略)
これは、一種のなわばりになっているのです。旅人や客は、この綱に手を触れて、「あなたのなわばりに、入っていいでしょうか」と声をかけます。(中略)
遊牧民が定着政策のためでなく、水の確保などのために定住するときは、テントのときと基本的に同じ大きさの居住空間と砂庭が大きくとられ、木が植えられます。この砂庭に絨毯を敷いて、歌や踊りに興じ、水タバコをくゆらすのです。にぎやかな集い空間は、なわばりのテント部分より数倍大きくひろびろととられます。綱のなわばりはなくなったかわりに、日干しレンガの壁でかこまれます。
(『ゆとろぎ』、91-93頁)
*原文ママ